OFFICE SHIKA PRODUCE「山犬」

2014年8月13日(水)17:00〜@座・高円寺1 休憩なし約1時間50分

作・演出:丸尾丸一郎(劇団鹿殺し
原作:入交星士
音楽:入交星士・オレノグラフィティ
出演:鳥肌実森下くるみ、ISSOP、山岸門人、オレノグラフィティ、丸尾丸一郎

 2006年初演の再演らしい。
 「劇団鹿殺し」は前々から気になっていたが、なかなか観る機会がなかった。今回は内容が「ホラー」で、評価の高かった作品の再演ということもあり、丸尾作品を初めて観る。
 2006年の作品ということもあってか、内容的にはどこかで見たような既視感があった。ホラーはアイデアの消費が激しいので、この点、舞台の再演は不利なのかなと常々思う。
 しかし、だから退屈だったのかといえば、そうではない。
 出演者は各々の個性が光っていて、期待していた不協和音のアンサンブルが増幅するような感じはなかったが、なんとも奇妙な雰囲気を全体に漂わせるのに成功していたように思う。アニメの声優もこなすらしい通りのよい声の山岸門人と、かすれた声で声量も余りない割にそこはミュージシャン(?)らしく聞き取りやすい声のオレノグラフィティの絡みは、ホラーというよりはホラーちっくなサブカル漫画で、また、今では太ってしまた鳥肌実とダンサーのしなやかな身体を駆使したISSOPの絡みもまた何とも奇妙にチグハグとしていた。森下くるみが女優として光っていて、小劇場向きの好い女優だった。
 細かな笑いのネタが多くあり、それがツボにはまれば面白さも倍増するのだろうが、個人的にはあまり笑えなかった。
 個人的には、いびつな俳優陣といびつな脚本・演出の印象が大きかった。脚本(恐怖と笑い)、演出、装置、俳優等々のバランスがどうにも中途半端で、どちらに振り切りたいのか、煮え切らない。が、それが不愉快とか、拙いといった感想ではなく、むしろ独特のグルーヴ感につながっていた点に何とも不思議な心地好さがあった。後ろからいきなりバットで殴りつけられた時に、「こいつ絶対に許さね」と殺意を覚えながらも、足元から崩れ落ちる妙な快感がまとわりついているような、あれだ。先の展開が読めながらも、こうした言葉にしがたい、引っ掛かりを与えるところに、次回も観てみたいという個人的な感想をもった。これが鹿殺しの人気なのか、そうでないのかは分からないが。
 ただ、どうせこの内容でやるのなら、再々演は、客席に血しぶきを遠慮なしにぶちまけて顰蹙を買うくらいのグランギニョルを期待したい。観客を驚かせ、不快にさせ、憤怒させるような劇団はないものか、とつくづく思う。

『北野誠のおまえら行くな。東京怪議2014 』

2014年6月1日(日)Open 17:00 Start 18:00 End 20:30 (予定)、21:10(実際)
東京カルチャーカルチャー
全席自由:\2,700(1オーダー制)
出演:北野誠、鎌倉監督、にしうらわ(西浦和也)

北野誠のおまえら行くな。東京怪議2014 』の宣伝を兼ねたイベント。
年末のファンキー中村主催イベントの好評を受けての登壇か。
放送前ということで、特に新しい怪談ネタは語られず、それらしいのは「事故物件住みます芸人」の看板を掲げる松原タニシ近状報告くらい。
・来週から本当の事故物件に引っ越し(前回は事件のあったマンションの別の部屋だったが、今回は事件部屋そのものに住む)。
・タニシとみちゃこによる幽霊が出るというラブホテルでの検証&実験の映像。
・タニシ氏の留守電に入っていた鎌倉監督から怪音声(留守電)。

何となく怖かったのは最後の留守電くらいで、残り二つは笑いとほんわかムードで進行。この辺りが松竹芸能の芸人がメインで関係するイベントらしくて楽しい。

今回の聞き所は、『北野誠のおまえら行くな。』の撮影裏話。
・有名な京都Kホテルは、現在では撮影許可が降りない物件らしく、過去のビデオを見た所轄警察から呼び出しを受けた(当時は撮影に問題なかった)。
・次回の撮影候補の某廃墟でのロケ調査の映像。昼間の撮影なので幽霊関係の心配はないが、外から丸見えな上に無許可なので色々と急ぎながらの撮影の様子。
・夜の本番撮影の苦労話。廃墟での撮影は、懐中電灯や撮影照明の明かりが外から見えるので、近所の人が警察に通報しやすい。

最後はにしうらわ氏による「獄の墓」の近状報告。
「獄の墓」の場所が、埼玉県の某所だと分かったとのこと。
教えに行ってる大学の近所だなぁ。

にしうらわ氏の場合、前回の東京カルカルで話していた都内某所の神社を調べていて体調を崩したTwitter友達の話に出て来る、その某神社が、我が家から歩いて行ける距離にあるほにゃほにゃ神社だと分かっているだけに、何となく親近感もあり、台湾の占い師に言われた今年の大災難が、占い通りに「でも、手術で済む」ことを祈るばかり。

稲川淳二とは異なる方向性を持つ北野誠の怪談イベントは、芸人らしく怖くて面白いお得な内容で、何だかんだで今回も満足度が高かった。

東京カルカルは、店舗は良いのだが、場所が遠いので帰りが実に難儀する。
怪談も水物だから、怖さの余韻に浸って帰るには、お台場は遠い。
次回は新宿・角座に戻るか、同じ新宿にあるロフト・プラス・ワンでやってくれれば嬉しい。

北野誠 心霊探偵団本部 「おまえら行くな。」official Web Site

武田一義『さよならタマちゃん』

さよならタマちゃん (イブニングKC)

さよならタマちゃん (イブニングKC)

35歳、漫画家アシスタントによる精巣癌の闘病記。
約一年に及ぶ入院生活の殆どが抗がん剤治療で、抗がん剤治療がどのようなものかが詳しく描かれている。
可愛らしい絵柄で淡々と描かれる物語は非常に重いが、つい引き込まれて一気に読んでしまった。

また、共に漫画家を目指すもう若いとは言えなくなった夫婦が、日常の些細な事から諍いが増え、それがミックス犬「ビック」を飼うことで家庭としての穏やかな生活へと変わっていく話など、〈家族物〉としても読むことが出来る。

わずか単行本1冊の厚さが、現実的には1年間という時間の記録であり、それを描いて世に出るまでにリハビリを含めた長い時間が掛かったことを考えるととても貴重な一冊だ。
作者としてはこうした内容でのデビューは予定外で、もしかすると不本意なのかもしれないが、読者としては幸福な出逢いだ。

さよならタマちゃん』読後に読み直した本が二冊。
一冊目はエリザベス・キューブラーロス『ライフ・レッスン』。

ライフ・レッスン (角川文庫)

ライフ・レッスン (角川文庫)

精神科医ホスピス・ケアの第一人者であるキューブラーロスの著作は多く、彼女の個性的な思想と半生は自伝『人生は廻る輪のように』に顕れている。
自伝の破天荒な面白さに比べると、末期医療の経験を元に書かれた『ライフ・レッスン』や『死ぬ瞬間』等は(優れた本なのだが)どうしても啓蒙臭が個人的に馴染めないでいた。
とはいえ、やはり『さよならタマちゃん』のような死との葛藤に接すると先ず最初に思い浮かべてしまう。
我ながら凡庸な読書だなぁ・・・・・・老いたか。

二冊目は曽田秀彦『がん生活者の730日―2002‐2004』。

がん生活者の730日―2002‐2004

がん生活者の730日―2002‐2004

私の大学・大学院時代の恩師の胃癌闘病記録だが、この本の長所は治療に掛かる諸経費が記載されていることだ。
命の値段はどうしても気になるところだ。
抗がん剤治療から在宅ホスピスまで、曽田先生が病人だった730日の医療関連費の総支出は2,117,783円。
この金額には個人購入したサプリメントメシマコブの代金135万円も含む。
そしてこの本の短所は、曽田秀彦の個性があまり描かれていないことだ。

武田一義氏をはじめ、病に倒れた時にその人の性格が一番発揮されるのだろう。

明日は我が身のほーやれほ。

劇団A.P.B-Tokyo第28回公演『毛皮のマリー』@阿佐ヶ谷ザムザ

8月31日 19:30〜@阿佐ヶ谷ザムザ

寺山のコミカルな部分がバランス良く発揮された、ポップで現在的な『毛皮のマリー』となっていた。
オネエ・タレントがテレビを賑わす現在のマリーとしてこれは正攻法の『毛皮のマリー』だろう。

素直に「次回公演も見てみたい」という仕上がりだった。

舞踊家・小森敏を知る

「近代日本のダンスを考える会」主催の公開シンポジウムに出席する。

舞踊家・小森敏(1887-1951)を知る』
2013年8月6日 13:30〜16:10
新宿区角筈区民ホール

司会進行:國吉和子

第1部:人を知る
茂木秀夫「小森敏のパリ時代とパリの日本人事情」
藤井利子「蘇る敏像は、いつも穏やかな紳士、楽しい時の破顔の童子
杉山千鶴「歌手・俳優・ダンサーの帝劇時代」

第2部:舞踊を知る
解説:藤井利子「年を重ねて今、敏ダンスの渋味を楽しむ」
実演「寺院の庭」(A・ケテルビー作曲「中国寺院の庭にて」)
    出演:海保文江、高橋純
  「ジプシーの踊り」(ブラームス作曲「ハンガリー舞曲」第6番)
    出演:田嶋春佳、藤井彩加

第3部:ディスカッション

 舞踊家・小森敏は、同時代の伊藤道郎、石井漠、高田雅夫らに比べ、人物像も舞踊もその輪郭が未だはっきりとしない。1917から1936年まで――その内1922年から1936年まではパリ――という19年に渡る欧米生活も当時の日本の舞踊家としてはかなり特殊だ。この間、小森は折りからのジャポニズムの波に乗って日本舞踊の指導者として生計を立てていたという。
 今回のシンポジウムは、最初の杉山発表(プログラムとは異なり最初にあった)が舞踊家以前の帝劇時代の小森の初期活動を学術的な視点を踏まえた日本近代舞踊研究の方法論的問題点を含めて説き、次いで茂木発表が小森の外国時代、特にパリに焦点を当てながら、最も不明部分の多い小森の創作時代を概観してみせた。個人的に得るところの多かったのは三番目、直系のお弟子さんである藤井公夫人で自身も小森の舞踊思想を受け継ぐ藤井利子の話だった。伊藤も石井も高田も、いや宝塚歌劇団の教師だった岸田辰彌、楳本陸平はじめ20世紀前半の多くの舞踊家にとって一番の問題は〈東西舞踊の融合〉といった身体論的な問題だった。小森敏も最初に訪れたアメリカで白人種との体格差を実感し、欧米滞在中に体得しようとしていた〈洋舞〉に一種の挫折を味わう。しかし、藤井利子の言葉に従えば、小森はダンスが殊更「技術」を重視することを嫌い、自らは「身体」の問題に捕らわれず、その背後にある東西の「精神性」を問題にしていたという。つまり小森の問題意識は〈舞踊〉或いは〈身体〉という枠を脱し、どうやら舞踊を介した〈芸術的創造性〉〈身体を介した精神性〉へと到ったようだ。東西舞踊の融合ではなく、東西精神の融合といったところだろうか。結果として小森→藤井へと〈舞踊の楽しさ・喜び〉が受け継がれた反面、良くも悪くも舞踊家としてみた場合の「小森敏」の曖昧さにも繋がったようだ。ただ、そうした小森の思想が具体的にどのようなものだったかまでは分からなかった。

小森敏とパリの日本人―近代日本舞踊の国際交流

小森敏とパリの日本人―近代日本舞踊の国際交流

勝手にアングラ祭り

7月27日 マチネー、ソワレとアングラ観劇

1)万有引力『呪術音楽劇 邪宗門』@座・高円寺 14:00〜(追加公演)自由席
万有引力の公演は実に10年以上の観劇。寺山修司没30周年・万有引力創設30周年公演。

 『邪宗門』はその脱演劇的なコンセプトを含め、現在の視点で見ると、特に中年の演劇観客からは実に恥ずかしいくらいにストレートな舞台だ。しかし、約10年ぶりの万有引力観劇で驚いたのは音響の良さ。改めて寺山作品に於けるJ・A・シーザーの楽曲の重要さを感じた。以前の万有引力は、楽曲には惹かれながらも音響的な物足りなさがあったが、今回はノイジーな音の迫力が終始客席を圧倒していて、寺山の演劇が〈音楽劇〉であることの意味を改めて実感した。
 格好いい。気持ちいい。「呪術音楽劇」の本領発揮である。
 舞台装置や俳優陣の演技もこれまでと変わりない「古典芸能」的なアングラ・寺山演劇で実に心地よかった。こうした方法が寺山演劇にどの程度プラスになるかは知らないが、これが「寺山修司のアングラ演劇だよ」と学生に示す上では、今後も引き続き公演を絶やさないで欲しい。興味本位とは別に、心地よさを感じたのは本公演が初めてだ。
  出演者の身体も美しく、最後の、今となっては恥ずかしいアジテーションも個人的には恥ずかしさを抜きに作品のテーマとして聴くことが出来た。いや、本当に彼らの筋肉や容貌の綺麗さはどうしたものだろう。僅かにタトゥーが見られたが、それ自体が分かりやすいアウトサイダーの健全さに感じられた。アングラであれ、だらしない素人的な身体はもう見られないのかなぁ。

2)唐十郎作・蜷川幸雄演出『盲導犬』@シアター・コクーン 19:00〜
 澁澤龍彦の原作を換骨奪胎してみせる唐十郎の脚本は言わずもがなの面白さだが、どうしてもコクーンという劇場の規模では広すぎる印象で、最後まで場違いな作品に思われた。
 昼に万有引力を観たせいもあるが、アングラにはアングラに相応しい空間がある。
何でも笑うオバ様相手に古田新太に下ネタをやらせても毒にもならず……「あらまぁ、ハハハ」と消化する客席に呑まれたアングラの無惨を見せられたような公演だった。